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建築家・重松象平が語る、「福岡」の魅力とアイデンティティ、そして目指すべき方向性 - WIRED.jp

──重松さんはOMAのニューヨーク事務所代表として世界のさまざまな都市で建築を手がけられていますよね。いま世界の都市を取り巻く環境はどのように変化しているのでしょうか?

今回の新型コロナウイルスの影響で、いまは東京にロングステイしているのですが……わたしの限定された観測範囲で話をすると、ロサンジェルスのヴェニスビーチやマイアミビーチなどを筆頭に、旧リゾート型の都市が文化政策を意識し、リヴ(暮らす)とワーク(働く)、グローバルとローカルがいままでにないかたちで融合する新しい都市像が形成されてきているように感じます。

いままでは静かな郊外に住み、オフィスタワーのある都心に働きに出るのが典型的なあり方でした。しかし、シリコンヴァレー発のテクノロジー企業で働く若い人たちやミレニアル世代を中心に「働くこと」と「楽しく生きること」の境目が曖昧になり、楽しむことの延長として働く環境を捉える傾向が強くなってきたように感じます。今回のコロナ禍を経て、この変化はますます加速していくでしょう。

また、そのような新しい都市はニューヨークやパリといった大都市や中心都市に対するオルタナティヴとして登場し、独自のアイデンティティを形成するまでになってきています。インターネットの登場で情報を得るハードルは下がり、ロジスティクスの発展によりモノの購入においても、都市にいて得られる有利性がそこまで重要ではなくなってきている。中堅都市や地方に住む人々の劣等感が減り、自分たちの追求したいローカルの文化に基づいた独自性の高いアイデンティティを考えることにエネルギーを費やせる環境になってきたと思うんです。

──リヴとワークが融合した都市像としてマイアミを例に挙げていましたが、重松さんはマイアミ・ビーチにて「ファエナ・フォーラム」というアート/パフォーマンスセンターの設計を手がけていますよね。

そうですね。マイアミは観光客を呼ぶための商業施設を中心に開発されていたのですが、徐々に自分たちが住み、働き、楽しむための都市づくりに変わっていったんです。自分たちの都市で文化を醸成し、消費だけではなくコンテンツをつくり出すことに注力するなかで若い人が集まり、クリエイティブな活動が活発化し、最終的には他の都市との差異化を図ることができた。最近で言えば、その変化の契機となったのが「アート・バーゼル・マイアミビーチ」の招致に成功したことでした。その後はアートがまさにコアな産業となるまでにさまざまなイニシアティヴが生まれました。

もうひとつ、この変化の背景にあるのが、マイアミが米国におけるラテンアメリカの玄関口になっていることです。ラテンアメリカの富裕層が、自国の経済的・政治的不安定さを理由にマイアミに移住し、そこで生まれてた子どもたちの第二世代、第三世代が、「リゾート地としてのマイアミ」からの脱却を目指し、自分たちの都市の文化をつくりあげてきた経緯があります。

「ファエナ・フォーラム」も、アルゼンチン出身のデヴェロッパーがマイアミに惚れ込み、ホテルを中心とした再開発を通じてコミュニティに貢献しようとした取り組みの一環なんです。最初はホテルに付随する催事場の設計という依頼内容だったのですが、アートイヴェントとつながりをもち、コミュニティも使えるような多目的施設にしたいと提案し、アート/パフォーマンスセンターという形態になったんですね。

この施設は、ラテンアメリカ系移民の世代を超えた多様なエネルギーと、マイアミの新しい世代がもつ自分たちが住む都市の独自のアイデンティティと文化を醸成しようとする熱意によるダイナミズムが集約されたものと言えるでしょう。基本的には商業施設なのですが、大きなアイコンをつくるよりは近隣のスケール感に合っていて、まさにネイバーフッドの一部ををつくるようなアプローチで、とても持続性の高い再開発だと感じています。

──重松さんが手がけられているFacebookの地域密着型の新キャンパス「Facebook Willow Campus」にも、同様の思想が存在するのでしょうか?

リゾート地ではないですが、低密度であることは重要な観点だと思っています。Facebookが本社を構えるシリコンヴァレーは高層ビルはほとんどなく、独特の自然や気候と一体化した低密度で朴訥とした雰囲気をもった街並みが形成されてきた経緯があります。そこには「信仰」があると思います。権威的ではなく「カジュアルな」環境だからこそ新しい発想やイノヴェイションが生まれるというように、街並みとそこから生まれる産業の関係が信じられているといっても過言ではないのです。

一方で、昨今はクルマの渋滞や住宅不足、土地価格の高騰によるジェントリフィケーションなど、テクノロジー企業の肥大化によるさまざまな軋轢や問題も生じています。そこで、単にFacebookの社員向けのオフィスパークではなく、集合住宅やスーパーマーケット、学校、公園、ホテル、駅など、まさに都市の根幹をなし、コミュニティに貢献できるような各要素をもち、既存の街並みとシームレスにつながっていく新しいキャンパスをつくることを目指しました。

──低密度というのは、今回のパンデミック以降の都市を考えるうえでも重要なキーワードですよね。

コロナ禍を経て「高密度な都市は終わる」といったような言説も聞こえてきますが、いままで長い間、各都市が築き上げてきた文化や構造を安易に否定し、この機とばかりに未来を予測しラディカルなことを言うのはあまり好きではありません。

なので、ぼく自身は大したアイデアはありません。漠然としていますが、これを機に日本では地方自治体の独自な政策や街づくりが活性化すると思います。そうなると、地方と都市の関係性がもっと流動的になるはずです。高密度と低密度の両方の長所を最大限に生かし、経験することを望む人が増えるからです。その移行期において、まったく新しいシステムの導入はリスクも高いし、必要ないと思うんです。

たとえば、かつての日本の大企業は地方に保養所をもっていたじゃないですか。もうほとんどが売却されてしまったかもしれませんが、同じようなシステムで都市と地方両方の働き方(住み方)を同時に考えることができないか。これからの企業というのは、都市にもオフィスをもちながら、地方にも現代版保養所的なリヴ・ワークスペースをもち、常にそのどちらでも働ける環境を提供していくといいと思うんです。日本の文化に根付いた昔ながらのシステムを活用し、コロナ後の変化に対応していくのもひとつのやり方だと思います。

アジア的ヒューマンスケールと、都市的スケールの融合

──メガシティ以外の都市が独自のアイデンティティを追求しつつあると語られていましたが、重松さんは出身地でもある福岡で「天神ビジネスセンター」の設計も手がけられていますよね。「福岡」という都市を意識することは増えたのでしょうか?

「福岡出身だから」という理由で福岡の文化や都市に関して深く考えることは以前は少なかったのですが、いまはプロジェクトをやっている経緯もあり、もっと積極的にリサーチし意識するようになりました。さらにいまの福岡からは、福岡でしかできないことの開拓に挑戦したいと思わせてくれるエネルギーを感じます。そのような強いイニシアチヴに参加するなかで、将来的に福岡にもっと貢献したい、あるいは拠点のひとつにしたいという思いも生まれてきましたね。

──そんな重松さんから見て、福岡の魅力はどこにあると感じていますか?

常に魅力的な都市だと思いますよ。人のよさ、おいしい食べ物、九州の自然と文化、コンパクトシティ、つまりはクオリティ・オブ・ライフが高い。ここ10年ほどは独自性を意識した潔いヴィジョンを共有できている気がします。政治家も企業も市民も一丸となって福岡独自の発展を考え、楽しんで、実行している。福岡に行くと、とてもポジティヴなエネルギーを感じるんです。そんな変化を感じられるのがいまの魅力ですね。

──福岡独自のアイデンティティという点ではいかがでしょうか?

食、地形、方言、そこで暮らす人々……さまざまな視点でアイデンティティはすでにあると思いますが、都市や建築でいうと「独自の」と言うほどのものは意外とまだ生まれていないと思います。でも、それが徐々に生まれつつある萌芽は感じますし、これから5年や10年かけて新しいものをつくっていく気概は感じますね。

都市体験という観点で、福岡は小さな路地空間や屋台などアジア的なヒューマンスケールと都市的なスケールが絶妙に混ざり合っている点がポテンシャルだと思っています。異質なものが混ざり合うと何かしら面白いことが必ず起きる。ぼくが中学生の頃から福岡は日本語、中国語、韓国語の三ヶ国語表記でしたし、食においてもアジアの影響が強いことは明白です。多様性が文化として根ざしたボーダーシティとしてのアイデンティティは差異化できる重要な基盤であると考えています。

──手がけられている「(仮称)天神ビジネスセンタービル」も、その思想に基づいているのでしょうか?

そうですね。東京における丸の内のような駅前一等地が敷地で、オフィシャルでタイムレスな雰囲気をもつ幅員の広い大通りと、ヒューマンスケールでカフェのアクティヴィティがにじみ出ているカジュアルな小道という、異なるふたつの通りに面しているため、まさに先に述べた福岡のふたつのスケール感を同時に体現する建物にできると思ったんです。角を立体的に削ることによって地上のパブリックスペースを広げ、象徴的にふたつの通りをつなげるコンセプトが生まれたんですね。

福岡は「キャナルシティ博多」のようなインパクトのある商業施設のイメージが強いなか、公共性を増大させるジェスチャーによって、天神ビッグバンの第一弾として後続の模範となり、時代を超えた普遍性を獲得できると考えました。

──以前のインタヴューでは「ぼくの作風は『作風がないこと』」という言葉が印象的でしたが、「(仮称)天神ビジネスセンタービル」も同様の思想に基づいた設計なのでしょうか?

そうですね。自身のアウトプットを前もって限定せずに、毎回異なった状況に対峙するなかで「今回は何が生まれてくるんだろう」という自分自身のクリエイティヴィティへの期待感を大事にしています。ぼくはそれこそが建築の醍醐味だと思うんです。最終的には「アイコニックな建築」というよりも、その時代、土地、機能などの文脈をバランスよく抽出した唯一無二の「アイコニックな場所」をつくりたいと思っています。

ILLUSTRATION BY MARIE MOHANNA

──福岡という都市の魅力を拡張していくうえで、重松さんが意識していることは何でしょうか?

いま以上に魅力を拡張するには、九州の拠点のひとつとして福岡を捉えることが大事だと思います。九州には圧倒的な自然の恵みと多様な歴史と文化、そしてちょうどよいサイズ感があります。インフラも以前と比べるとさらに整い、都市間のつながりはよりシームレスになっています。

福岡を九州のコミュニケーションセンター、あるいは玄関口だと考えると福岡が伸ばすべきアイテム、新しい開発のアイデアなどが生まれてくる気がします。将来的に九州は、スイスやデンマークなどと並び、日本のどこよりもクオリティ・オブ・ライフが追求しやすい、アジアを代表する「リゾート+リヴ+ワークアイランド」になれると思います。

そのような「母体」があると、福岡はそのなかのネットワークの一部として協調性と独自性を同時に追求でき、グローバルなレヴェルで強いアイデンティティを築けるはずです。

コロナ禍を経た「職住近接」のアップデート

──重松さんは福岡地所・福岡リアルティが主催する「福岡国際建築コンペティション」の審査委員長を務めていますよね。『WIRED』日本版編集長の松島も審査委員として参加させてもらっていますが、「職住近接──『働く』『暮らす』の新たな価値。シーサイドももちの未来」がテーマです。対象となる「シーサイドももち」はどんなエリアだと捉えていますか?

お台場や幕張新都心といった埋立地と同様に約30年前に描かれた「未来像」を背負っている街ですよね。その宿命かもしれませんが、ハイスペックな住宅やオフィス、図書館、学校、スーパーマーケット、公園、ビーチ、球場などすべてあるにもかかわらず、オーセンティックな感じがないんです。皮肉なものですが、あまりにも理想郷すぎてつまらない。

基本的にその都市に住んでいることを誇りに思う人たちが、新しい文化を醸成していくと思うのですが、ぼくは「シーサイドももちが好きで住んでいる」という人に出会ったことがない(笑)。どうしても、都心に住むことに対するオルタナティヴとしての第二都心という相対的なアイデンティティを背負っていて、結局のところ独自性が欠けているんです。

約30年が経ち、一世代が生まれ育ったいま、そのアイデンティティを見つめ直し、再定義できるよいタイミングだと思っています。博覧会後、ある意味で実験的につくられた街であるとも言えるので、新しくラディカルなアイデアの受け皿となるポテンシャルを感じていますね。

──「職住近接」というテーマに対しては、いかがでしょう?

とてもタイムリーなテーマですよね。今回のコロナ禍を受け、リヴとワークが融合したライフスタイルを社会の大半の人たちがある程度は実践できることがわかりました。その一方で、家にずっといると、日本の家がどれだけ小さく、暮らしにくいか、そしてオフィス環境がいかに形骸化していたかも痛感していると思います。

なので、不動産デヴェロッパーと建築家が協働し、いかに住環境や職場環境を進化させることができるかを考えるとてもいいチャンスだと思います。世界中で2〜3カ月のロックダウンが行なわれ、異なる文化圏の多くの人たちが同時期に共有できる体験をしたことは、今後の都市を考えるうえでそれなりの意義をもってくるはずです。直接的ではないですが、何かしらこの変化の兆しをコンペに反映するのもひとつの方向性だと思います。

重松象平|SHOHEI SHIGEMATSU
建築家。建築設計集団OMAのパートナーおよびニューヨーク事務所代表。1973年福岡県久留米市生まれ。九州大学工学部建築学科卒後オランダに渡り、1998年よりOMAに所属。2006年ニューヨーク事務所代表に就任、2008年よりパートナーとなる。主な作品は中国中央電視台(CCTV)新社屋、コーネル大学建築芸術学部新校舎、コーチ表参道フラッグシップストア、ケベック国立美術館新館、マイアミビーチの複合商業施設ファエナ・フォーラム、サザビーズ本社屋など。ニューヨークのニューミュージアム新館、バッファローのオルブライト・ノックス美術館の新館、サンタモニカの複合用途施設計画、シリコンヴァレーのFacebook新キャンパスマスタープラン、東京の虎ノ門ヒルズステーションタワー、福岡の天神ビジネスセンターなど、世界各地で多岐にわたるプロジェクトが進行中。コーネル大学建築学部大学院、コロンビア大学大学院GSAPP、ハーヴァード大学デザイン学部大学院GSDなどで客員教授を歴任する。

福岡国際建築コンペティション

■テーマ
職住近接──「働く」「暮らす」の新たな価値 
シーサイドももちの未来

■コンペ形式
公募型アイデアコンペ(公開2次審査を含む2段階審査方式)

■審査委員長
重松 象平(OMA パートナー、OMA NYディレクター)

■審査委員
馬場 正尊(オープン・エー 代表取締役、東北芸術工科大学教授)
林 千晶(ロフトワーク 代表取締役)
榎本 一郎(福岡地所 代表取締役社長)
松島 倫明(『WIRED』日本版 編集長)

応募要項は こちらをクリック

福岡地所

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July 22, 2020 at 08:00AM
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