文・写真/御影実(オーストリア在住ライター/海外書き人クラブ)
世界三大美術館の一つに数えられる、ウィーン美術史美術館のお向かいに立つ建物が、世界で最も重要な博物館の一つに数えられる、自然史博物館です。
250年以上もかけて収集された、3千万点ものコレクションを所蔵するこの博物館は、その一部を39の展示室に公開しています。中でも圧巻なのは、ハプスブルク時代に建築された壮麗な部屋に並ぶ恐竜の骨格、歴史の教科書でおなじみの「ヴィレンドルフのヴィーナス」、世界最大最古の隕石コレクション、「女帝」から皇帝への「宝石の花束」の贈り物など。ハプスブルク帝国の栄華を感じつつ、自然の偉大さを肌で感じられる博物館です。
こんな、世界有数の自然史博物館の歴史と見どころを、のぞいてみましょう。
●収集品の歴史
18世紀中ごろ、メディチ家が支配するイタリア、トスカーナ地方のフィレンツェに、ヨーロッパ最高と名高い、ジャン・ドゥ・バイユウという自然科学者がいました。彼はメディチ家の省庁の長で、建築物の管理も行っていましたが、珍しい巻貝やサンゴ、鉱物などの3万点もの珍しい自然物コレクションを趣味としていました。
同じころ、オーストリア君主マリア・テレジアの夫、フランツ・シュテファンは、フランツ一世の名で神聖ローマ皇帝を務めていました。そんな彼の趣味の一つは、「自然に関する珍しいもののコレクション」。自ら熱心に植物学、鉱物学を学び、私財を投じてコレクションの拡大に努めていました。
トスカーナで最後のメディチ家当主が亡くなり、その血を引くフランツ一世が大公位を兼任したとき、この二人の自然科学好きは出会います。皇帝は、大金と引き換えにバイユウのコレクションを買い取り、フィレンツェからウィーンのホーフブルク(王宮)へ運びます。
しかし、自らのコレクションに離れがたい愛着を感じていたバイユウは、コレクションを追ってウィーンへ向かい、皇帝のものとなった収集物の管理人に任命されます。この管理人職は彼の死後も、代々長男に引き継がれることと取り決められました。
フランツ一世は、毎日このコレクションを見に訪れたそうです。その後も、珍しい巻貝の貝殻一つを、上級官僚の年収に近い金額を出して買い取ったり、南米など世界各地へ送った研究探検隊が持ち帰った植物を収めるため、シェーンブルン庭園に温室や植物園を作ったりと、自然科学好きの趣味はとどまるところを知りません。
しかし、バイユウとフランツ一世の死後、コレクションに愛着がなく、私物として隠しておくより、広く公開して研究に役立てることを選んだマリア・テレジアは、夫の収集物を博物館として王宮内で公開します。この時に鉱物の研究に当たったイグナツ・フォン・ボルンは、モーツァルトのオペラ「魔笛」のサラストロのモデルになったと言われています。
その後も、ハプスブルク家の海外遠征のお土産として、また他国からの寄贈や交換などで、コレクションは増え続けます。これらの収集物を収めるため、1876年に皇帝フランツ・ヨーゼフは、ウィーン市壁の取り払われた今の場所に、美術史美術館と対になる自然史博物館を建設します。この博物館は1889年に公開され、今に至ります。
●展示物ハイライト
それでは、ウィーン自然史博物館の見どころや、注目の展示物をご紹介しましょう。
この博物館で最も人気があるのが、恐竜の間。アロサウルスやディプロドクス、イグアノドンの骨格が、ハプスブルク時代の壮麗な建物を背景に、迫りくるようです。ティラノサウルスとトリケラトプスの頭蓋骨や、デイノニクスのまるで生きているような実物大モデルも必見です。
また、考古学的奇跡と言われる、「ヴィレンドルフのヴィーナス」の展示も見逃すことができません。オーストリアのドナウ河畔、ヴァッハウ渓谷のヴィレンドルフという村で発見されたこの裸婦像は、世界史の教科書に必ず出てきますが、実物を見てみると11センチと意外に小柄。このヴィーナスのためだけの特別展示室があり、29,500年の人類の歩みにゆっくりと思いを馳せることができます。
また、この博物館所蔵の世界最大最古の隕石コレクション(7,000点所蔵、うち1,100点展示)が圧巻です。月の石も展示してあり、展示室に足を踏み入れると、宇宙のパワーを感じることができるかもしれません。
鉱物好きの方には、果てしなく続く鉱石や鉱物の展示がお勧めです。ウィーンのランドマークとなる建物に使われている石材についての展示もあり、実用としての石についても学ぶことができます。2100個のダイアモンドと761個の宝石が、61の草花と動物を形作っている、「宝石の花束」は、「女帝」マリア・テレジアから、夫の皇帝フランツ一世へのプレゼントです。
また、原石から宝石になるまでの展示は、宝石好きの方にも楽しめる展示となっています。
この博物館の先史時代に関する展示は、ヨーロッパ最大の考古学コレクションと言われています。特に、ハルシュタット文化や塩鉱山の展示は貴重な発掘物が多く、ケルト文化とローマ文化の交差点となったこの土地ならでは。仔牛の装飾のついた薄い器は、2010年に発見されたとき大きな話題になりました。
* * *
お向かいの美術史美術館と比べて、観光客はそれほど多くないウィーン自然史博物館ですが、魅力的な展示物が多く、一日ですべて見ることはできないほどです。ハプスブルク家の栄光は、建築だけではなく、歴史ある収集物そのものにも宿っています。フランツ一世とバイユウ二人の自然科学好きの、コレクションに対する情熱を、展示物を前にして感じ取ってみてはいかがでしょうか。
文・写真/御影実
オーストリア・ウィーン在住フォトライター。世界45カ国を旅し、『るるぶ』『ララチッタ』(JTB出版社)、阪急交通社など、数々の旅行メディアにオーストリアの情報を提供、寄稿。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。
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