東京郊外の静かな住宅街に佇む小さな戸建住宅。「ここは、父が子どもの頃に暮らしていた思い出の場所なんです」と話すのはこの家に住む建築家の黒澤彰夫さん。
60年近く前に祖父が居を構え、父と伯父が育った土地を黒澤さんが引き継ぎました。取り壊して新しい建物を建てるという案もありましたが、建築家として「スクラップ&ビルド」に対する違和感があったそう。
「壊して建て替えてしまうのは簡単。でも、思い出まで塗り替わってしまうようで。祖父や父、伯父の想いをつなぐいちばんいい方法が、リノベーションでした」。
明るく風通しのいいダイニングキッチンは、
高価でなくても、良質な自然素材を多用
体と環境に優しい木造住宅をつくることが黒澤さんの設計テーマ。「自然素材を使った家は、コストがかさむ印象がありますが、高価でなくてもいいものがある。それを実証できるような家になった」と話します。
床材は無垢の杉。天井には超撥水加工が施された和紙を貼り、壁は全面漆喰塗りに。造り付けの棚にはラワン材を用い、建具のレールにあたる部分は竹材を用いました。
キッチン台は用途を限定するような仕切りや引き出しは設けずシンプルに。大工さんの感性に任せて造作しました。道具の位置が把握しやすく、掃除もラクです。
ガスコンロ(リンナイ)やレンジフード(三菱電機)は、壊れても自分で直せるようなシンプルなつくりのものを選びました。
はさみやお玉、フライパンなど、よく使う調理道具をかけるフックは後付け。必要性を実感してから取り付けました。
器好きの黒澤さん。作家ものが中心ですが、生活に必要なものだけを置き、大事に使っています。開放的な棚に置かれた色とりどりの食器は、部屋のインテリアにも。
キッチン台の下の棚にあるブリキの箱は、なんと、学校の給食で利用されていた牛乳瓶ケース。古道具屋で購入しました。
古民家から調達した建具や屏風を採用
なんとも風情のある屏風は、偶然通りかかった古民家の改修中に出合ったものをいただいたそう。来客時の目隠し、冬場には防寒として活躍。
玄関と洗面所の建具も屏風と同様に古民家から調達したもの。格子戸の縦桟を抜いてモダンなデザインに。ガラス戸を抜いて障子を入れることでプライバシーと安全性を確保。
ラワン材で造作した洗面台にはキッチン台と同様に、防水仕上げのガラス塗料を塗り、材の腐食を防止。フィックス窓から玄関の光が差し込み明るいです。
真っ白な和紙を通して、やわらかな光を室内に拡散
2階はアトリエと寝室、WICの3室で構成。床材は140ミリ幅の高知杉を採用。1階とは幅と産地を変え空間に変化をつけました。
幅広の材を使うことで、空間がより開放的に感じられます。サッシ窓は従来のまま、新たに木枠を設け、カーテン代わりに内障子を入れました。
「自然素材は時が経つごとに変化しますが、傷や色の変化を『味』として捉え、愛でていくのは醍醐味のひとつです」と黒澤さん。
アトリエの隣の部屋は寝室として利用。日中は布団をWICに収納しオープンスペースに。
1階、2階とも壁材はオール漆喰。黒澤さん、父、伯父の3人で1か月かけて塗りました。
「大変でしたが、男3人、ワイワイ言いながらの作業で、絆が深まった気がします」と黒澤さん。
階段横は本棚と収納を設置。好きな小物や本を飾って小さなギャラリースペースに。
窓枠を額縁に見立て、揺れる木々もアートに
廊下に設けたピクチャーウィンドウ。窓にかけた北欧テキスタイルのすき間から外の様子がうかがえます。
階段の途中に腰かけて、歯みがきをしながら窓を眺めるのが日課で、「狭い階段に囲まれるようにして好きな景色を見る。不思議と落ち着くんです」と黒澤さん。
階段は既存のまま。当初は、階段の踏み板を別の木材に替えたかったそうですが、予算の都合で既存のままに。
「替えなくてよかったと今になって思います。長年使い込まれることで生まれたツヤや傷がいい雰囲気を出しています」と黒澤さん。家族の歴史を感じる空間になりました。
階段下には、冷蔵庫を設置。さらにその奥に収納を設けました。扉の開閉には「倹飩(けんどん)」を採用。扉を持ち上げて引くと外せる仕組みです。
隣家との兼ね合いで南側からの採光が難しかったため、東向きの玄関にガラスサッシを設けて採光を確保。
ドア横の開き戸を開けると風が室内を通り抜けます。ラワン材でつくった靴箱の下には間接照明を入れ、夜はやわらかな光に包まれる玄関に仕上がりました。
南側の庭は、従来、物置などが置いてあるだけの殺風景な空間でしたが、モミジやヤマボウシ、オリーブなどの木々を植え、枕木を敷くなどして、コツコツと庭づくり。「2年が経ち、木々も成長し、ようやくいい感じになってきました。眺めているだけで幸せです」
玄関先の鉢植えの植物にも毎日水やりをします。チョウチョやテントウムシ、バッタなど虫の来訪者も大歓迎、だそう。
暮らし始めて2年。父も伯父も「いい家になった」と喜び、ときおり遊びに来るそうです。設計段階からともに考え、施工現場にも何度も足を運んでくれたこともあり、家の話が始まると今でも会話が止まらないとか。
「空き家が、アトリエ、自宅となり、さらに、僕の作品のひとつになった。父から『一石三鳥だね』と言われます」と笑います。
設計/アトリエムスタ設計室
施工/守屋工務店
撮影/山田耕司
※情報は「リライフプラス vol.35」掲載時のものです。
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April 26, 2020 at 03:51PM
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