中居正広がジャニーズ事務所を退所、SMAP再結成の可能性に言及(会見レポート) - ナタリー
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会見場が開場すると中居本人が「ようこそ」「どうぞ座ってください」と報道陣をお出迎え。自ら撮影許可を出すとカメラマンたちに囲われ、「フラッシュの点滅にご注意ください」と書かれたボードを掲げながら「こんな感じのつもりじゃなかったのに……」とつぶやいた。「いいですか? 始めてしまって」と話し始めた中居は「会社辞めることはまだ言わないほうがいいですか? 会社辞めるんですよ。ジャニーズ事務所を。今日はその発表なんです」と早々に会見の内容を明かす。報道陣が驚く中、中居はその場を仕切り直すと一度退室し、マイクでカウントダウンして会見場に再入場。最初の挨拶で笑いがこみ上げてしまうと再び退場し、2度目の入場を経て「ただいまより私中居正広、退所ロングインタビューを開催したいと思います。よろしくお願いします」と会見の開始を宣言した。
中居はまず3月いっぱいでジャニーズ事務所を退所することを報告。昨年5、6月頃に退所の思いを事務所に伝えそのタイミングを見計らっていたが、ジャニー喜多川氏の容態をはじめとするさまざまな要因から退所の話が先延ばしになっていったという。当初はSMAP解散から3年という区切りでもあった2019年いっぱいでの退所になる予定だったが、個人事務所の立ち上げ準備などもあり、2020年3月のタイミングで退所することが決まったと本日の会見に至るまでの経緯を述べた。
1998年の結成から2016年まで日本のエンタテインメントの中心で活動してきたSMAPが解散し、メンバー全員にひと休みという感覚がある中で「燃え尽きた」という気持ちもあったという中居。「20代、30代のようなギラギラした感じがいつ自分から湧き出てくるものなのかなと思っていて。時間が経てば自然に出てくると思っていたんですけど、1週間、2カ月、3カ月……半年が経っても『よし、次』というような感じにならなかったのかな。それで2年が過ぎたときぐらいからそろそろ考えなきゃいけないなと思い、1人になって環境が変わればそういうものも湧き出てくるんじゃないかという期待もあって。お世話になった会社を辞めてでも環境を変えなくてはいけないと思ったのが要因の1つ」と独立という道を選択した理由を語った。
中居は父の命日である2月19日に個人事務所「のんびりな会」を設立。社名について「自分の今後の活動をするにあたっての心情です」と恥ずかしそうに述べた。のんびりな会は現在中居1人による会社だそうで、今回のアットホームな会見のスタイルも中居本人が決めたという。これまでの活動を振り返って印象に残っている出来事は何かと記者から問われた中居は「SMAP一色だったのは間違いないです。いっぱいありすぎてどの場面かと言われても選べないですが」と回答。ここからはSMAPに関する質問が続き、2016年12月26日放送の「SMAP×SMAP」最終回で中居が「世界に一つだけの花」のパフォーマンス中に「1、2、3、4、5」と指で数えたあと手を振った意味について問われると「スマスマの最終回は観てないんです。観てないのか観れないだったのかは今となってはどっちかわからないですが。でも、『1、2、3、4、5、バイバイ』ですよ。至ってシンプルで、そんなに深くない。ビデオで確認してみます」と中居は語った。
ジャニーズ事務所の退所は誰に相談もせず、中居1人で決断したそうで、決めてからも先輩や後輩には報告しておらず、ワイドショーに出演している先輩には話しておこうと、東山紀之(少年隊)には会見の前に電話で退所の旨を伝えたという。東山との電話のやり取りをコミカルに再現したあと、中居は「あ、やっちゃいました」といきなり大声を出す。毎週土曜日放送の「週刊ニュースリーダー」に出演している城島茂(TOKIO)への報告を失念していたことを思い出した中居は「東くんのことでいっぱいで忘れてました! ごめんなさい! やっべ、どうしよう。城島くん、本当にごめん」と番組のカメラに向かって城島へ謝罪の言葉を送った。SMAPのメンバーには昨日2月20日の夕方から夜にかけてメールで退所することを報告したそうで、その返事の有無は半々、内容は明かさないものの草なぎ剛からは1行程度の返事が来たことを報道陣に伝えた。
ジャニーズ事務所への思いを記者から問われた中居は「僕自身にテクニックや力があったり、何か秀でたものがあるわけではない。そんな僕をここまで押し上げていただいたのは、会社のおかげ以外のなにものでもない」と謝辞を述べる。また「プロと言われたときに胸を張って言えるものはないと思いながら、ずっとアマチュア感があったというか、ハッタリでやってきた感じです。SMAPが解散して3年で自分のメッキが剥がれてきているのを薄々感じていたんですよね。今までSMAPのブランドで好きにやって来て、人よりも努力を重ねてここまで来たわけではない。会社を出るというのは、やっぱり自分が試されるんじゃないかなと思います。それぐらい、環境を変えなければと感じた3年間でした」とSMAP解散後、自分に向き合い客観的に感じたことを語った。
新しい地図メンバーと今後共演する可能性については「エンタテインメントというのは僕の中で1%か99%の中で模索することだと思っていて。なので3人との共演は0か100%ではなく、1から99%の間にあると思います」と回答。SMAPの再結成についても「1から99%の中にはある。0ではないし100でもない。それは1人でできることでもないですし、5人にさまざまな環境がある。そこの兼ね合いを見計らいながら進めていかなくてはならない」と述べ、さらにはKis-My-Ft2に入る可能性も、V6に入る可能性も1から99%の中にあると話した。また歌手としてのソロデビューについては「限りなく0に近い1%」だそうで、「本当に歌だけは1人じゃ無理です」と笑った。
週刊誌などが報道したSMAPの不仲説について聞かれた中居は「なんで知っているんだろうとは思いました」と冗談を言い、「不仲でいいんじゃないですかね? 夫婦や恋人でもそうですけど、それは本人たちがわかっていればいいんですよ。でもあの騒動は貴重な経験で、報道が積み重なるとなんとも思わなくなりました」と報道当時を振り返る。加えて「信用する人はそれでいいですし、もうそういうところまで来ちゃいましたね」と寂しそうに笑った。さらにSMAPファンが解散しないでほしいという思いで行った「世界に一つだけの花」の購買運動“花摘み運動”については「当時はリアクションはしていませんでしたけど、耳にも目にも気持ちにもしっかり届いていました。全部知っています。新聞のことも。うれしいですし、申し訳ない気持ちです」と思いを明かした。
また中居は初めての1人での会見に臨むにあたり、ジャニー喜多川氏の遺骨を小瓶に詰めお守りのようにポケットに入れてきたと、報道陣にその遺骨を見せる。葬儀には行けなかったため滝沢秀明に持ってきてもらったというその骨は、自宅で父の遺骨と並んで置いてあるそうで、その中からひと欠片を小瓶に詰めたという。
その後、中居はSMAPへの思いとして「昨日、家電量販店で『SMAPの中居くんですか?』と言われたんです。僕より若い人でもそう聞くのでしばらくは“SMAPの中居くん”なのかなと思いました。SMAPの中居くんでいいです。否定したり『解散したよ!』と返すこともない。ずっと生活してきたわけですから」と昨日あった出来事を報道陣に伝えた。またプロデュースユニット舞祭組について話題がおよぶと中居は「別に舞祭組と携わらなくても僕は全然大丈夫です。でも舞祭組にアドバイスするなら絶対会社を辞めないほうがいいです。絶対やっていけない。舞祭組は本当にずっといたほうがいいと思います」と彼らへアドバイスを送った。
会見の最後、中居は「今後どういう活動をしていくかわからないですけど、たぶん会社名にも含まれていると思いますが、今後はのんびりとしていきたいなと思います。ときには甘く……ときには甘くで、見守っていただきたいと思います。本日はわざわざお集まりいただきありがとうございました」と挨拶し、会見場をあとにした。
2020-02-21 10:00:00Z
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