現在、日本では未成年のこどもとシングルマザーの家庭は75万世帯以上もあり、シングルマザー家庭の貧困も依然として課題になっている。様々な形でシングルマザーの課題を解決しようとする取り組みがあるなか、以前IDEAS FOR GOODではシングルマザー支援と空き家問題を同時に解決する事例を紹介した。
今回は、シェアハウスという形でシングルマザー支援に取り組んでいる団体、マザーポートについて紹介する。マザーポートはどのような経緯で誕生し、どのような取り組みをしているのか。IDEAS FOR GOOD編集部では、一級建築士事務所 秋山立花の経営者でありながら、マザーポートを立ち上げた秋山さんにお話をお伺いしてきた。
話者プロフィール:秋山 怜史 (あきやま さとし)
東京都立大学工学部建築学科卒業、住宅建築事務所を経て2008年一級建築士事務所秋山立花を設立。建築に携わる傍ら、シングルマザー向けシェアハウスを掲載するマザーポートを設立。2019年にマザーポートをNPO化し全国一人親居住支援機構を立ち上げ、今後は全国でシェアハウスの事業者育成に取り組む。
建築家としてできることは、選択肢を増やすこと
祖父や友人の影響で政治や社会に幼い頃から感度が高かった秋山さんは、建築設計事務所を経て独立した際に、建築を通じて社会に還元する方法を模索していたのだという。
「建築家は豊かなものを生み出すことができる職業だと考えています。一般的に豊かな状況とは、金銭的な余裕を持っていることと捉えられがちですが、本質は選べる環境があること、つまり選択肢があることではないでしょうか。色々と考えた結果、目の前にまだない選択肢を作ることが建築家の職能であり、私のすべきことだと気がつきました。」
子育てと仕事の両立をシェアハウスで解決したい
社会課題の中でも、秋山さん自身は特にシングルマザーの子育てと仕事の両立に関心を持っていた。シングルマザーと一口に言っても、高収入の方もいれば無職の方もいて、それぞれ状況は違うが社会的に不利な立場にいる。ただ、多くのシングルマザーは共通して、社会から孤立した状態で子育てすることに対する不安感や徒労感を抱いており、周りとのつながりを持ちながら住める場所を探すことにハードルがあるのだと秋山さんは話す。
「家を借りる際に一番の課題となるのは大家さんの偏見なのです。残念なことに、収入などの一定の条件を満たし審査に通ったのにも関わらず、シングルマザーと知ると断られてしまう方もいらっしゃいます。このようなことが起こらないようにシングルマザーを守る法的なセーフティーネットがあるのですが、それもほとんど機能していません。」
秋山さんは、この課題に対する建築家としてのアプローチとして、子育てがシェアできる「ペアレンティングホーム」を作ることを思い立った。
「とても安直な考えかもしれませんが、子育てと仕事の両立をするための建築家として打ち出せるソリューションがコンセプト型のシェアハウスだと考えました。子育てがシェアできる環境を作れば、楽しく子育てと仕事の両立ができるのではないかと期待しました。」
秋山さんはこれまで都内を中心に4つのペアレンティングホームを企画した。実際にシェアハウスを利用することにより心のゆとりを持つことができたり、再婚したり、その他にも数多くの良い変化を与えられた事例が生まれたそうだ。このようなペアレンティングホームがあることによって母子が社会的にも経済的にも自立できるような支援になっていると秋山さんは自負している。
「ペアレンティングホームのメリットの一つは、こども同士が兄弟のように遊ぶことができることです。こども同士で遊べることで、母親が自分の時間を作れるようになります。さらに、お母さん同士で喋ることで気分転換になり精神的に落ち着くことができ、入居してからお母さんの怒り方が変わったと言うお子さんもいます。」
一方で、シェアハウスには解決すべき課題もある。同じ空間で共同生活をすると人間関係が複雑になり、居辛さを感じてしまうケースがあるのだという。これらの課題を踏まえて、ある程度それぞれが距離を置きつつも一緒に暮らせるよう、住み方のバリエーションを模索している段階だ。
シングルマザーにより多くの選択肢を提供する「マザーポート」
初めはシェアハウスの企画から運営に携わっていた秋山さんは、次第に集客や対外活動に注力する役割を担うようになる。そこで、全国のシングルマザーのための住居が掲載されたポータルサイトが必要だと感じ、マザーポートを開設した。
「シングルマザー用シェアハウスは不動産ポータルサイトでは掲載されません。さらにシングルマザーにとってシェアハウスは単身者向けというイメージがあり、彼女たちが自らシェアハウスを探そうとしません。そこで、シングルマザーが知りたい情報をしっかりと届け、選択肢を提供する役割を担うためにマザーポートを作りました。」
建築家として物件を設計するのではなく、ポータルサイトの運営に注力している背景には、一個人として課題に真摯に向き合う秋山さんの姿勢が現れていた。また、このようなポータルサイトは一般的に利用料が取られるが、マザーポートはシングルマザーの負担を考慮し、無料で利用可能だ。
建築家の強みは仕組みと空間を両方デザインできること
マザーポートの運営は建築の業務と切り離している一方で、シングルマザーと関わる場面では、建築家ならではの強みが活かされていると話す。
「建築家が日頃行っている家の設計は、人生相談のようなことから始まります。建築家は家主の相談役になり、家庭内の課題を抱えている方に寄り添って耳を傾け、設計を通して解決の糸口を作ってあげることが仕事の一つなのです。普段からそのようなことをしているので、シングルマザーと接する際も建築家としての仕事が活きていると思います。また、家庭の課題に対しては仕組みで解決する方法が一般的ですが、私たち建築家はそれに加えて空間もデザインすることができます。建物というハードな部分と空間ソフトな部分の両面を設計できるのが大きな強みになっています。」
こどもが成長できるポジティブな環境を作っていきたい
また、シングルマザーの抱える課題の一つに、こどもが十分に良い環境で育っていないという事実がある。その課題に対し、秋山さんはこどもたちが良い環境で生まれ育つことができる手助けをしたいと語る。その背景には、とある案件で設計したシェアハウスの空間が贅沢すぎると言われ、とても悔しい思いをした経験があるという。
「こどもが住む場所は贅沢なものじゃなくて、狭くて良い。ここから抜け出したいと思うくらいの空間じゃないと、居心地が良すぎてずっと抜け出せなくなるんじゃないかという意見でした。私はその意見とは逆で、空間の可能性を信じています。こどもはいい空間で育った方が確実に成長すると信じています。心地よい空間で育てば人生は明るくなり、やる気やポジティブな気持ちにつながることをもっと多くの人に理解して欲しいです。」
実際に、秋山さんの設計したシェアハウスで数年暮らした子が、友達をシェアハウスによんでくれた時のエピソードを嬉しそうに話した。
「ある小学生の子が自分の住むシェアハウスに友達を連れてきてくれました。シェアハウスという豊かな空間での生活は、確実にその子の自尊心の向上に繋がると思います。現在、その子は高校生から海外留学をしていて、おそらくその子はペアレンティングホームでいい影響を受けて育ったのではないかと僕は思ってます。」
取材後記
建築家として一人一人の生活の近くに接している秋山さんは常日頃からシングルマザーの現状を正しく理解し知識を得るため、助産師や産後ケアの担い手の方と勉強会を実施し、課題に真摯に向き合っている。今後マザーポートの運営と同時に「全国ひとり親居住支援機構」を立ち上げ、全国で事業者育成を目的に活動していくのだという。より多くの選択肢を提供することによって母子ともに人生をポジティブな方向へと変えていきたいと、とても明るく優しい笑顔で話す秋山さんの活動をこれからも応援していきたい。
【参考サイト】ホームは人生の起点。シングルマザー支援と空き家問題に同時に取り組むビジネスモデルとは?
【参照サイト】マザーポート
【参照サイト】一級建築士事務所 秋山立花
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April 06, 2020 at 06:01AM
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